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パブリックスペース

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創立37周年 特別企画

昭和50年7月29日 1年生野外活動
 昭和50年に開校した清和台中学校。第1回入学生である1年生の野外活動の写真が、数枚、残されています。
 夏休みに入った7月29日・30日の1泊2日で野外活動が行われたと学校沿革誌に記載されています。1・2年生は妙見キャンプ場(現在の妙見山クッキングセンターか)、3年生は本校校庭で実施したようです。
 写真から想像すると、清中を出発して、東池公園前から清和台交差点、石道温泉、猪名川沿いにゴルフ橋をわたり、能勢電車の山下駅まで徒歩で向かったのではないでしょうか。能勢電妙見口駅から再び徒歩で、妙見キャンプ場に向かったようです。手にはカバン、水筒、手作りのトーチを持っています。
  学校から第2自治会館前を通り東池公園へ               東池公園前
     阪急バス清和台営業所付近                  石道温泉付近
 
    猪名川沿いを南へ歩きゴルフ橋へ             旧吉川中学校付近
 昼食は持参した弁当を食べた様子です。幼い顔の清中1年生の皆さんも50歳を迎えられます。どのような37年の人生を過ごされたのでしょうか。かつて、清中に勤務され、すでに退職された先生方の顔も見えます。
 キャンプ・ファイアでは、フォークダンスが行われています。今ではすっかり見ることのなくなったフォークダンスですが、先生と生徒とが手をつないで踊っています。
 

第36回 創立記念日 平成23年9月12日

第35回創立記念日 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
① 川西市立清和台中学校創立
 
 清和台中学校は、今年、創立37年目を迎えています。清和台中学校37年のあゆみを簡単に振り返ってみたいと思います。
 
 昭和40年に団地開発計画が固まり、42年一般公募の中から団地名が「清和台」と決まりました。清和台のほかに、光風台や向陽台など、他の団地名となっているものもありました。翌43年から宅地造成が始まり、44年に清和台西1丁目が第一期分譲地として販売されました。
 まちが誕生した翌45年に川西市立清和台小学校、清和台幼稚園が開校しました。昭和48年に清和台住宅団地(公社)の入居が開始され、生徒数も増加し始めます。
 昭和50年、清和台中学校が5番目の市立中学校として多田中学校から分離・開校することとなりました。当時の航空写真では、学校周辺にほとんど家はなく、空き地の真ん中に校舎だけが建っています。
 
 
 
 勝川精治初代校長のもと、真新しい屋内体育室で第1回入学式が行われ、121名の新入生を迎えました。まだ、制服が決定していなかったため、新入生は私服、2・3年生は多田中学校の制服での入学式でした。
全校生徒284名での船出でした。
 
 
 
 
 竣工間もない白と茶色に塗られた校舎には、現在の職員室部分もなく、南館への渡り廊下が途中まで作られています。
 昭和50年9月12日、開校披露式が挙行されたことを記念して、この日を創立記念日と定められました。
 
 
② 初期清和台中学校
 
 清和台中学校創立の2年後、昭和52年に清和台南小学校が開校、翌53年には隣接地に川西養護学校が開校しました。
 昭和57年度の卒業アルバムに残された生徒の姿を見ると、布製の白い肩掛けかばん、男子は制帽を着用しています。時代を感じます。
 このころ、グラウンド東側の通用門が利用されていたことから、多くの生徒がグラウンド脇を通って生徒昇降口へと向かっていました。
 
 昭和58年3月の南館増築前の航空写真を見ると、学校周辺の宅地も分譲され多くの家が建設されています。また、清中の西側に建設された川西養護学校も2階部分のない平屋建ての初期の校舎です。(昭和54年頃の航空写真)

③ 清和台中学校の生活
 
 
ある年の入学式です。旧制服に身を包んだ新入生の姿が見られます。女子がブラウスと紺のブレザー、襟元には赤い大きなリボン。男子は詰襟の学生服でした。
 昭和63年3月、清中生の生活指針と言うべき校訓「立志勉励、克己自省、協和日新」を記した校訓碑が完成しました。清中生の成長を心から願うメッセージです。
 昭和58年度の卒業アルバムの部活動のページです。今はなくなった多くの部活動が見られます。 
 たとえば、サッカー部、水泳部、将棋部、園芸部、文芸読書部、合唱部、演劇部、家庭科部などがありました。珍しい部活動では人形劇部などもありました。
 また、現在の吹奏楽部はブラスバンド部という名称で呼んでいました。
左から 人形劇部 サッカー部 文芸読書部 
 
 
④ 校舎増築と20周年、そして現在
 清和台地区の開発が進むにつれて生徒数も増加していきました。それに伴い段階的な校舎増築が進められました。昭和57年度に現職員室部分と南館第1期部分(第2理科室、図書室、美術室)。昭和59年度には南館が2期部分(音楽室と普通教室)。平成4年度にコンピュータ教室。

 平成6年度に南館第3期部分(第1理科室、視聴覚室、第1音楽室)が増築され、現在の校舎配置となりました。また、平成元年にけやき坂小学校が開校し、現在の三小学校区を包括する清和台中学校区ができました。
 平成7年、鳥越敏之校長により創立20周年記念式典が挙行されました。
 創立以来、伝統を受け継ぎながらも新たな歴史を刻んできました。これまでに清和台中学校を巣立った卒業生は、7,839名。社会のさまざまな分野で活躍されています。

 37年目を迎えた清和台中学校。これからも、生徒、保護者、地域の皆様に、誇りとされる中学校であり続けるよう努力をしてまいります。